2015年1月1日〜15日
1月1日 アキラ〔ラインハルト〕

「アキラ、ちょっと」

 イアンが人差し指をさしあげた。オフィスについていくと、彼はデスクに腰をひっかけて、おれを見た。

「トモエ・カサイの名が、オークションのリストになかったのはどういうことだ」

「――」

 茶色い目が鷹のようにまっすぐ見ていた。

「……手違いだと思われます」

「そうだろうな」

「……」

 いつになくこわかった。同時に叱られて恥ずかしかった。

「申し訳ありません。手続きを確認します」

 イアンはゆるした。おれが出ようとすると言った。

「アキラ、おまえには出世してほしい」


1月2日 アキラ〔ラインハルト〕

 部屋を出たところで鈴鹿から電話があった。

『バレた』

「こっちもだ」

 家令の声は暗かった。

『デクリオンが確認にきて、リストに載せるしかなかった。あとはやつの運次第だ』

「わかった」

 おれは電話を切った。

 そうだ。べつにオークションで最悪な主人に飼われると決まったわけじゃない。

 あぶない客はひとにぎり。悲鳴を聞くのが好きな人間。血を飲むのが好きな人間。精神を握りつぶすのが――。それらは少数派だ。

 だが、巴はそれが似合うのだ。あの暗い切れ長の目には凄惨な血が似合うのだ。


1月3日 アキラ〔ラインハルト〕

 オークションの日が近い。

 行儀はひととおり教え込んだ。13デクリアのつくるプレタポルテの領域には及ばないが、やれといわれれば自ら尻をひらくまではできる。

 やれ、と言われればだが。

 問題は舞台でできるか。
 これも対策は一応考えてある。

 おれは招待客のリストを入手した。

(……)

 見なきゃよかった。巴の未来は暗い。最悪。来年まで生きられないかもしれない。

 憂鬱な気分でカウンセリングに出た。監視室をのぞくと、ウエリテス兵が笑った。

「あの日本人、面白いですよ」


1月4日 アキラ〔ラインハルト〕

 彼がモニターにあごをしゃくる。

 部屋を見ると、なかでくるくる回っているやつがいる。
 巴だ。踊っている。

 おれは目を見張った。

「……これ音声出る?」

「ええ」

 ウエリテス兵がスイッチを押すと、おそろしくテンポの早い曲が出た。おれが以前渡した『ボカロ』のCDのどれかだ。それにあわせて、巴がコマネズミのようにまわったり、ぴょんぴょん跳ねて踊っているのだ。

 止めるところは空手のようにビシッと止まり、動きにキレがある。回っても軸がぶれない。うまい。そして妙に軽快だ。


1月5日 巴〔犬・未出〕

 高杉氏のもってきてくれたCDはいい。家で踊っていた曲もあった。

 高校の時、文化祭で一度踊ったことがある。クラスのにぎやか好きな連中に誘われて、いっしょにやったのだ。あれは楽しかった。

 家にこもるようになっても、時々家族が留守の時にひとり踊った。動画でいい曲を見つけるたびに、好きなフリを考えた。バカになれるし、いい運動になる。

 ここでも腹ごなしに踊ってみた。壁にむかって決めポーズ。絶対、誰にも見られたくはない姿だが。


12月6日 巴〔犬・未出〕

「今日はちょっと場所を変えるが、心配はするな」

 高杉はおれに目隠しをした。なにか秘密のアジトにでも向かうのだろうか。

 彼の声が耳のわきで言った。

「おまえの前にはおれしかいない。いつもと同じようにやれ」

 そして、おれの耳に耳栓をつっこんだ。

 なにも見えず、音もほぼ聞こえない状態。裸で首輪。四つん這いのまま、首輪を引かれ、一段高い場所にあがらされた。

 どうも柵のなかのようだ。檻? いやな想像がひろがる。
 高杉さん、そこにいますよね? 高杉さん?


1月7日  巴〔犬・未出〕

 かなり長い間、その檻のなかにいた。

 その後、出され、高杉のわきを四つん這いで歩く。
 視界は完璧にふさがれていたが、耳栓はわずかに音が入る。

 遠くに人間がいる? ここは広い。手のひらの下は木の床。そして、背中が妙に熱い。

 気分が悪くなった。誰かがいる? 見ている? ここはどこだ。まさか、もうおれを買った人間が? 

 高杉の手が肩に触れた。彼の手だ。肩をとどめ、おれの前にまわった。あごに触れ、口をあけさせる。唇にゴムの感触。ああ、あれだ。バニラシェイクだ。


1月8日 ルイス〔ラインハルト〕

 楽屋に顔を出すと、アキラがニヤッと笑って、こぶしをあげた。

「イエスッ!」

 心底、うれしそうだ。

 彼の演出はうまかった。オークションの舞台に、あの日本の犬は目隠しをされて出てきた。
 犬の顔を見たい客に、目隠しは反則みたいなものだが、色気はある。やらせたのはフェラだけ。

 だが、その後ろのスクリーンには、その犬が踊るムービーを映していた。アップテンポの日本語の曲を流し、明るい顔のショットを映し出す。犬がくるくる踊る姿が可愛かった。
 落札したのは藤堂氏。12億セス。


1月9日 アキラ〔ラインハルト〕
 
 売れた! 感謝感謝! 
 家令もはしゃいでいた。

「藤堂様の気が変わってくれてよかった。もうあきらめてた」

「おまえ、しつこく言ったんだろ」

「いやいや、本人が気になってたんだろ。シバはなかなか入らないし」

 そうかもしれない。あのへんてこなダンスを気に入ってくれたのかもしれない。
 でも、それだけじゃない気がする。やっぱり、彼も日本人だから。

 家令は言った。

「手料理、仕込めるかな」

「問題ないと思うぜ。医学部入るような秀才だ。すぐおぼえるよ」


1月10日 巴〔犬・未出〕

 はじめて男と寝た。
 相手は日本の中年のおっさん。意外とつらくなかった。いや、正直に言えば、快感があった。

「いい子だ」

 おっさんはやさしかった。

 赤の他人に抱きしめられるというのは変な感じだ。もっと気持ち悪いと思ったが、そうでもない。

 耳元の息も低い声も意外とアリだ。からだがくっついていると緊張しないのだ。

 この距離なら、なめらかに話せそうな気がする。奇しき運命ではあるが、おれはわりとホモに向いているのかもしれない。


1月11日 フィル〔調教ゲーム〕

「なんでアルとキスするんだ?」

 エリックにいぶかしがられる。

 べつに意味はない。アルが口のなかにイチゴを入れてねだってきたから、返礼してやった。ただの冗談だ。

 だが、エリックやロビンはぎょっとするらしい。数年前は裸で街中をつれまわされていたくせにお堅いことだ。

 だから、アルは彼らにキスを迫ることはしない。添い寝してもふざけることはしない。

 それでもアルとてさびしいのだ。色気でなく、ひとに触れたい時がある。とくにご主人様が帰った日は。


1月12日 ミハイル〔調教ゲーム〕

 ロビンがやたら寒いとこぼす。

「寒いし、今日もひとりで寝るのさびしいよ。アルいっしょに寝よ」

 それならば、とアルはニコニコついていく。ほかの連中はあきれてそれを見送る。

 ご主人様が帰ってみんな寂しいし、人恋しい。が、ロビンのようにそのまま口に出す勇気はない。

 ぼくはだまって自分の部屋にひっこむ。そして、トレーニングマシンを借りにアホが飛び込んでこないよう、バーベルでドアを封鎖する。

 そして、ビニール袋をはがし、キリンのぬいぐるみを抱きしめる。


1月13日 ライアン〔犬・未出〕

 最近、中庭で見知らぬやつに声をかけられる。用件は同じ。

「おれも忍法を学びたいんだが、あの子にクチきいてくれないか」

 なぜか、彼らは声をひそめる。足音もひそめる。
 彼らは雪合戦を見て、タクをニンジャの末裔と思い込んだようだ。
 おれは言う。

「師は学ぶ用意が出来た者の前に現れる。そのまま修行にはげめ」

 彼らは雷に打たれたような顔をして、引っ込む。
 おれもじつはタクにきいたことがあるが、返事はそっけないものだった。

「おれが忍者なら、ここにいないでしょ」


1月14日  イアン〔アクトーレス失墜〕

 カシミールが愚痴っていた。

「朝から歌うんだよ。踊るし、テレビに返事するし」

「わかる」

 ルイスが笑っている。

「船長って黙っててもうるさいよな」

「そう! ナベの蓋でシンバルやるんだ。最悪だ。あいつ」

 クリスが聞いた。

「イアンは大丈夫なのか」

「?」

「そろそろひとり暮らしが恋しいんじゃない?」

 レオとの暮らしも長くなった。これまでで最長だ。たしかにうるさい。しょっちゅう電話をかけてイタリア語でわめいている。
 だが、もう慣れた。おれはもともとガキの群れで育ったから。


1月15日  アンディ〔フィルゲーム〕

 雪合戦で、友だちが増えた。

 ヒロとタクとよくしゃべるようになった。タクは無口だが、嫌味のない、いいやつだ。
 ヒロはやさしいし楽しい。

 それに彼らはまじめだ。おれがゲームで優勝したいというと、寒いのに公園で練習につきあってくれた。

 おれたちはカラーボールをつかって練習したんだ。作戦もいっしょに考えた。聞けば、ほかのチームのどこもそんなことやっていないという。

 結果、ご主人様にプレゼントできたし、おれはいいやつらと組めてよかった。


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